「モノ」のデザイン・「コト」のデザイン
相原毅の私的なオフィス論#7
突然ですが、普段わかっているつもりだったのに、
いざ問われると答えに窮することってありませんか?
例えば子供から「分数の割り算って、何に使うの?」とか
「東京ドーム1個分って卵何個?」なんて聞かれたり、
涙目の彼女から「愛って・・・何?」なんて迫られると、
自分でも不思議なほど言葉が出なかったりします。
ワタクシ自身も、長いことオフィスの設計やら何やらに関わってきたはずなのですが、
自分の中でずっとうまく定義づけられないまま過ごしてきたのが、「デザイン」とは何か?という問いです。
Design の概念
Webをちょっと検索してもらえれば分かりますが、
この話って昔から議論のネタになっていて、
語源から個々の解釈、定義づけなど、
調べれば調べるほどいろいろな観点からの捉え方を見ることが出来ます。
有名なところではスティーブジョブズ氏の
「Design is not just what it looks like and feels like. Design is how it works.」
デザインってぇのは見た目とか感じじゃねぇんだ、どう機能するかってことだ、こんちくしょうめ
なんて、江戸っ子らしくものすごく割り切った、分かりやすい言葉ですよね、
こういった著名な方々の定義づけを見ると、非常に多くの気づきを与えてくれますし、
視点や立場の違いで多くの差異が生まれてくることが分かります。
語源となった「Designare」の意味からだと、
発想したことを共有できるように記号化する。すなわち設計図に表す。
そんなことが最も狭義での解釈だと思うのですが、
今の我々の生活のなかではもっと広い範囲で「デザイン」という言葉が使われています。
「~のデザイン」のキーワードでWebを検索してみると、こんなデザインが出てきます
★保険のデザイン
★お金のデザイン
★旅のデザイン
★授業のデザイン
★自己満足のデザイン
★動機のデザイン
★法のデザイン
★保育のデザイン
★問いのデザイン・・・
などなど、ちょっと調べただけでもかなり多岐にわたるところにデザインが存在しているようです。
ここで賢明な読者諸氏はお気づきだとは思いますが、
これらって全部「モノ」ではなくて「コト」なんですよね、
少し前のデザインに対する意識では、
今までは、形あるもののカタチ。すなわち「モノ」を創ることがデザインと捉えられていたと思うのですが、
形のない概念やシステムといった「コト」を構築することも、近年はデザインの枠に含まれるように変化がみられます。
では優れたデザインってどのようなものでしょうか?
2007年に登場した、皆様おなじみApple社のiPhoneはその例としてよく取り上げられます。
スマートフォンネイティブの世代にはあまりピンとこないかもしれませんが、
発表当時iPhoneは「モノ」「コト」の枠を超えて、まったく新しい体験をユーザーに与えることに成功しました。
ちょっと思い出しながら、どこが優れていたのか を解説してみましょう。
<形状と操作>
それまでのプロダクトデザインでは、手にしたときに自然と操作方法が理解出来るものが良いとされていました。
(シグニファイヤとか言われますね)
iPhoneは最低限の物理スイッチを除けば、ほぼ真っ黒な液晶パネルのプレートです。
その形状を見るだけでは、まったく操作方法が想像できません。
しかし起動後、スワイプ/フリック/ピンチ等の目新しいアクションに慣れると、
それまでのどのデジタルデバイスよりも直観的に操作できることが分かりました。
おなじみの指で画面をはじくような動作(と追随する画面表示)はその代表例です。
<既存技術の組合せ>
iPhoneは革新的なプロダクトではありましたが、
そこに使われていた技術は、特に目新しいものではありません。
アプリケーションによって機能を拡張する携帯電話は既にノキア他から製品化されていましたし、
全面タッチパネルは8年も前の1999年に日本のパイオニア社が採用しています。
ただこれら製品のインターフェースはお世辞にも使いやすいと言えたものではありませんでした。
(ワタクシ熱烈ノキア派でした)
Apple社はオペレーションシステムを徹底的に磨き上げ、一つの完成されたプロダクトとしてまとめることに成功しました。
<未知の体験とその中毒性>
上記の組合せによってもたらされた、その操作の快楽は
発表から15年を過ぎた今でも、我々を虜にして離しません。
電車に乗ってみて下さい、皆黒っぽい板きれに夢中で、中吊り広告など誰も見ることがなくなってしまいました。
次々と新しい情報が手の中に入り続けるので片時も目を離すことが出来なくなるのです(拙宅の男子中学生・・・か)。
なんだかずいぶんと持ち上げてしまいましたが、
その具現化には「モノ」と「コト」が融合した完成形のビジョン、
すなわち優れた「デザイン」がなされていたことがよくわかります。
Design という工夫
では我々の本領、オフィススペースでのデザインとはどのようなものでしょうか?
ひと昔前のオフィスデザインでは、
顧客から設計条件(人員数とか欲しい部屋数、必要な機能など)を出してもらうことからスタートすることが多かったと記憶しています。
近年、特にコロナ禍以降は、
この条件設定のだいぶ手前 → 【これからどんな働き方をしていくべきか?そのためのオフィスにはどのような機能・スペースが備わっているべきか?】
これらを様々な手法で調査・分析するところからスタートする案件が増えてきました。
オフィス構築を請け負う我々の担当領域も
設計→プロジェクトマネジメント→コンサルティングと徐々に拡大してきています。
この領域でも、単に空間を設計するだけではなく、
「モノ」と「コト」の融合が不可欠となり、全体をプロデュースする人材には、
これらをカバーする広い範囲の見識が求められる時代となってきています。
閑話休題、だいぶ寄り道をしてしまいましたが、話を「デザインとはなにか?」に戻しましょう。
ずっと模索していたワタクシ自身のデザインに対する定義づけは、
そこそこの経験と深い思案を経て「より良くするための工夫」といった言葉に落ち着きました。
これ以上でも以下でもないシンプルなフレーズですが、自分の意識を端的に表現出来ていますし、
分かりやすく伝えやすいので、自分では的を射た定義だと思っています。
どんなことでも何か新しいアクションをおこすとき、
少しでも「より良くするための工夫」を施すのが、
自分にとってのデザインである、なーんて考えながら日々過ごしております。
改めて皆様にとって「デザイン」とはなんでしょうか?
どこかでそんな議論が出来たらいいなと思います。
また今日も新しい一日をデザインしていきましょう
御機嫌よう
<おまけ>
先日、相原さんのロッケンロールライブに、案件プロジェクトメンバーと一緒に参戦してきました。♫
私よりだいぶ年上ですが、いつまでも好奇心を忘れず、
仕事も遊びも全力で楽しむヤンキー精神に、とても刺激を受けました。^^
ちょっと調子にのって、TATOOシールのコスプレで悪ノリしてしまいました。(><)
相原 毅
株式会社イトーキ ワークスタイルデザイン統括部
コンサルティングセンター シニアディレクター
1991年からインテリア設計事務所にてキャリアをスタート。
主に丸の内界隈のオフィス移転・改修等を中心にインテリアデザイン設計及びプロジェクトマネジメント、
コンサルティングを担当、2020年より現職
2000年~2006年、三菱地所
ビル管理部 新ビルテナント工事請負室に出向、丸の内再開発事業に携わる
主幹プロジェクトにて2010年日経ニューオフィス推進賞、
2018年日経ニューオフィス経済産業大臣賞、並びに日本ファシリティマネジメント大賞受賞
工作、エレキベース、自転車、少年野球が好き
- 我武者羅 禁止令自分の成長につなげられそうもない仕事や会社に見切りをつけて、 ズレてきちゃった部分のアップデートが必要なのではないでしょうか?
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- ニッポンのハタラキモノ共感力を高め、理解し合うことが組織運営や個人の成長につながります。そして「集まること」への意義は、強く明白になっていくのでないかと考えます。